
数年前、忘れられない「ありがとうございました」を聞きました。
電車内のことです。
優先席の目の前に、若い男女が立っていて、そのうち女性の方が
携帯電話をいじっていました。
すると、そばにいた初老の男性が「電源を切りなさい」と注意したのです。
女性は最初「は?」と言いましたが、優先席の付近と気づき、
電源を切ったようでした。
ですが男性の言い方は厳しい口調でしたので、車内は少し緊迫したムードに
包まれました。男性の注意はもっともでしたが、そんなに大きな声を
出さなくてもいいんじゃないかな、と思うような注意の仕方でした。
若い女性はムッとしていたように見えました。
車内で大きい声で注意されて、恥ずかしさもあるだろうし、いくら女性に
否があっても少々気の毒なような、複雑な気持ちになりました。
また、その女性も連れの男性も、いかにも「今時の若者」というような
雰囲気でしたので、失礼ながら怒り出して喧嘩になってしまうのではないかと、
内心ハラハラしました。
よくある場面かもしれませんが、こんな場に居合わせてしまった不運が悲しくなりました。
そのまま何駅か過ぎて、若い男女は電車から降りるようでした。
先ほど注意した男性の前を過ぎるとき、私はまたほんの少し緊張しました。
ところがその時、女性は自分を注意したその男性に向かって、
「ありがとうございました」と言ったのです。
男性が「え?」と言うと、女性は「さっき、注意してくれて」と言って、降りて行きました。
本当に心が洗われるようでした。そのたった一言で、なんとなく胸にあったモヤモヤがすっかり晴れてしまいました。
あのような場面で、注意されたことに感謝できる心に、とても胸を打たれました。
あの時の「ありがとうございました」は、今でも忘れられない一言です。